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2007年11月01日

クレムリン大宮殿ステキですね。

大クレムリン宮殿とも呼ばれるそうです。
本当に魅力的です。

1839年から1849年にかけて造営された宮殿。広義のクレムリン大宮殿は、この大宮殿に上述のグラノヴィータ宮、テレムノイ宮殿を合わせたものを指す。全長125メートル、奥行き63メートルの大建築で、外観三階建て、内部二階建てである。

設計・監督はコンスタンチン・アンドレーエヴィッチ・トーン(トン)である。トーンは、宮殿建設に当たり、当時の最新技術を導入することに意を用いた。例えば、宮殿の屋根を支えるのに使われたつなぎ梁は銑鉄製であった。このほか、金属製の天井構造や、セメントの導入、亜鉛製空洞柱、銑鉄製床プレート、吊天井構造、暖房設備などが導入された。また、規模と豪華さにおいて、同時期に造営されたヨーロッパ列強の宮廷建築と比較して、これを凌駕している。宮殿には、ウラル山脈から採掘された国産孔雀石、花崗岩などの諸石材が装飾においてアクセントを形成している。このほか、家具、装飾品、織物、シャンデリア、磁器や青銅器などの装飾品は、サンクトペテルブルクやモスクワの工房に特注された逸品である。

一階には、皇帝の私室、二階には、国家行事に使用された大ホールがある。大ホールは、いずれもロシア帝国の主要な勲章にちなんで、エカテリーナの間、ウラジーミルの間、ゲオルギーの間、アレクサンドロフの間、アンドレーエフの間がある。
宮殿南棟の一階は、皇帝一家の私室であり、食事の間、皇后の謁見の間、皇后の執務室、皇后の居間、寝室、皇帝の執務室、皇帝の謁見の間の7室が一直線上に並んでいる。各室の内装は個性に富み、例えば皇后の謁見の間はロココ様式、皇后の執務室はアンピール様式などと伝統と当時の流行が程よく折衷されている。

ゲオルギーの間は、帝政ロシア時代に最高の武勲を立てた軍人に授与される聖ゲオルギー勲章の叙勲式が行われた。クレムリン大宮殿の各ホール中、最も大きく、最も荘重である。全長61メートル、全幅20,5メートル、高さ最大17メートルの威容を誇る。天井には重さ1,3トンの金メッキされたシャンデリアが6基取り付けられている。床は、胡桃、マホガニー、桜、白樺、林檎、梨、白樺、黒檀などの異なる木材で構成される寄木造りとなっている。帝政時代、ソビエト時代、そして現在のロシア連邦を通じて国家的祝典に使用された。

ウラジーミルの間は、楕円形で、帝政時代には皇帝の謁見を待つ貴族のいわば溜の間であった。このほか、外国からの使節を謁見したり、条約調印の会場として使用された。1972年、ニクソン、ブレジネフ両首脳によるSALT1の調印式典でも会場となった。勲章授与式にも使用されている。
アレクサンドロフの間とアンドレーエフの間は1939年に壁を撤去し、一つのホールとなり、ソ連最高会議及びロシア・ソビエト連邦社会主義共和国最高会議の議場として使われた。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』

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